サイバーパテント

コラム

第26回 権利期間終了後に起きること(その2)
 ~ 特許を取得する意義に変化 ~

 画期的な技術を秘匿したまま独占的に実施できれば、それに越したことはない。それが困難だからこそ特許出願して独占排他権を確保し保護する必要がある。そして、前回のコラム(第25回)でも書いた通り、特許権を得ることは、権利期間終了後に権利が広く開放されることにつながる。
 したがって、秘密裏に実施できる技術であれば、あえて権利化する必要はない。有名な営業秘密の例として、コカ・コーラやケンタッキーフライドチキンのレシピがある。門外不出の知財として長い間独占的な実施が保たれてきた。
 しかし、産業の発達を考えると、ジェネリック医薬品の様に権利切れ知財の活用は重要である。市場の活性化により国民は恩恵を受け、公開された知財情報により更なる技術などの累積進歩を促し国は発展する。

あえて特許切れを待つことはありか?

 日本が世界をリードしている太陽電池技術において、エネルギー変換効率は長い年月をかけて徐々に向上してる。経済産業省の資料によれば、車載用太陽電池の発電効率は2022年に33%を目標とし、2030年には35%、2050年には40%を目標としている。
 特許の権利存続期間である出願から20年間で5%しか向上しないのであれば、既存技術を使い続けた方が余計な費用がかからず、わざわざ研究開発に投資して特許出願する意義がないのではないか、という考えが浮かぶ。もちろん、技術進歩による材料費のコスト削減など総合的な考察は必要である。
 最近、街中でコンクリートミキサー車を見て、自分が子供の頃と基本的な構造が変わっていないと感じ、特許情報を調べてみたところ、48年前に特許出願された構造と気がつく程の違いはなかった(下図参照)。

特願昭48-136481の図1

   コンクリートミキサー車
補足:弊社CyberPatent Deskにて「コンクリートミキサー車」で検索して図面抽出

 この様な技術分野では、積極的に特許出願せず、あえて特許切れになった20年以上前の他者技術を使い、研究開発費を抑えることで利益率を高めることが考えられる。
 しかし、冒頭にも記載した通り、我が国の産業の発達には技術の累積進歩が欠かせないため、皆が研究開発を止めてしまっては、新規御法度の時代に戻ってしまう。

地球温暖化によって特許の価値が変わった

 少し前(リーマンショックの頃)であれば、研究開発費を抑えるため他者技術を積極的に活用する知財戦略や経営姿勢も支持されたかもしれない。しかし地球温暖化対策やSDGsの取り組みへの機運の高まりにより、昨今では、環境に配慮された技術が高く評価されるようになってきた。
 ESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行なう投資)がその典型例である。これまで主に財務情報に基づき投資してきた投資家が、非財務情報である人権問題や地球環境への対応を観て投資する動きが出てきている。ユーザーも商品について人権問題のある産地が関与していないか、エコな材料を使っているか、厳しい目で見るようになってきている。
 この様な課題に対して、日本企業は技術で解決する傾向が強く、結果的に社会的課題を解決するための研究開発に投資をしている企業に資金は集り、長期的には成長していくと考えられる。

特許を取得し維持する方針は時代で変化

 知的財産権は、競合他社の参入障壁を作り事業を保護し、独占的な事業活動で収益をあげるために有益であることに変わりはないが、時代とともに取得する意義が変わる。
 特許件数が会社の技術力を誇示する指標として扱われた時代には、企業の研究者にノルマが課され多数の特許出願が行われた。特許件数は「生きている」ものが対象となるため、特許が事業で使われているか否かにかかわらず権利存続期間満了まで多額の年金を支払い維持された。
 景気が悪くなると、「量より質」への方針転換によって出願件数が絞られた。特許維持コストにもメスが入り、定期的に棚卸会議(自社保有特許について個々に維持するか否か検討する会議)が行われ、撤退した事業に関する特許権は売却が検討された。
 企業のグローバル化が進むと、海外出願が増えた一方、知財部門の予算は大きく変わらないため、国内出願が削られた。海外出願は翻訳や出願国も複数あるため、1発明あたりの費用は国内のみの出願と比べ何倍にもなる。したがって、出願件数の総数は減ることになる。
 この様に時代とともに特許の取得・維持の方針は変化する。現代の要請は、「社会貢献」のための知財ではなかろうか。もちろん、知財が事業戦略やイノベーション促進のツールである大前提に変わりはない。

         

知財によって企業価値向上と社会貢献の両立を

 企業が株主や顧客から求められているものは、かつてのような業績や製品の性能・品質・価格だけではない。環境や社会に関わる技術は、独占することよりも開放して社会貢献に寄与することがむしろ企業価値を高める。
 国際標準化競争における駆け引きや、オープン&クローズ戦略など、知財に関わる方針は技術分野や個社によって事情が異なるため、ひとくくりに語れないが、普遍的なことは、知財は企業にとって無形資産であり企業価値を高めるものでなければならない。
 ジェネリック医薬品の普及は、換言すれば、創薬会社の知財再活用による社会貢献といえる。環境問題を解決する技術を広く開放している会社も大きな社会貢献をしていると言えよう。こういった企業は長い目で見れば繁栄するはずだ。
 2021年6月、コーポレートガバナンス・コード(上場企業の企業統治指針)が改訂された。「脱炭素」と「多様性」とともに「人的資本」や「知的財産」への投資がキーワードになる。今後、知財に関わる経営の接し方によって企業価値は大きく影響を受けるはずだ。2022年、東証の市場再編とともに知財業界は大きな変革期を迎えることになるだろう。

Questel CyberPatent
高野誠司