NRIサイバーパテント

社長コラム

第16回 NRIサイバーパテントデスクの起源(PR)
~本格的サービスから20年~

 前回(第15回)コラムでは、会社創立15周年を迎えたことを報告しました。今回は、会社の母体事業となったインターネット特許情報サービス(現在の「NRIサイバーパテントデスク2」)の起源をご紹介します。

バブル崩壊後の1990年代中頃、大手企業を中心に社内ベンチャーブームが起こりました。㈱野村総合研究所(NRI)でも1995年から社内ベンチャー制度が始まります。初年度から何十件もの応募があり、インターネット上のショッピングモール事業やファイアウォールを提供する情報セキュリティ事業が審査を通過しました。当時先進的な事業モデルであった情報セキュリティ事業は順調に拡大し、2000年にNRIセキュアテクノロジーズ㈱として独立します。

 当時のNRIの社内ベンチャー制度では、最終審査を通過すると提案者は企画部に異動になり、そこで事業の立ち上げに専念することになります。私は、1990年にNRIに入社し、ネットワーク技術者として従事していました。社内ベンチャー制度が始まった頃に望まない管理部門への異動が決まり、抜けだしたい気持ちでいました。もともと特許制度に興味を持っていたところ、インターネットが商用で利用できるようになり、特許庁が民間に特許公報データを開放した時期とあいまって、「そうだ、インターネットで特許情報サービスを提供する企画を通して、ここから抜けだそう」という気持ちが湧いてきました。

 NRIの社内ベンチャー制度は年に2回の募集をしていましたが、私は次の募集時期まで待っていられなくなり、ベンチャー制度の事務局に相談したところ、募集期間以外でも受け付ける、という回答でした。早速、企画書を作成し提出しましたが、粗削りな内容だったと思います。ただ、特許情報サービス事業は、NRIのどの部署にも属さない事業分野でありながら、「知的資産創造」と題する定期刊行物も出しているNRIから離れた事業でもないところが制度趣旨に合っていたようでした。どこかの部署の範疇に属する事業であればその部署ですればよい、会社から離れた事業であれば外ですればよい、となってしまいますから。

 集中募集の時期を外したおかげで、他の企画とコンペになるようなこともなく、企画書のブラシュアップを本社側で丁寧に支援してもらいました。動機は不純でしたが、検討を重ねて行く過程で自信がつき、現業に戻りたいといった迷いもなく、不退転の覚悟で臨みました。NRI本社の厳しい会議(約20回)に耐え、経営会議での承認も得て、無事に企画書が通過しました。そして企画部に異動し、事業検討に専念することになります。

 ところが、本格的な事業に入る前に使える予算が限られていたため、市場調査や競合分析程度のことしかできませんでした。本来であれば簡単な特許検索ができるプロトタイプを制作し、顧客候補にまわって反応を観たかったところです。しばらくして、NRIでインターネット関連事業を新本部(新社会システム事業本部)に集約することになり、私はそこにプロジェクトとともに異動になりました。

 新社会システム事業本部で、少し予算がついたので、短期間でプロトタイプを構築し、1996年12月25日に試験運用を開始しました。このことが日本初のインターネット特許情報サービスとして日経新聞などメディアで大きくとりあげられます。

 「日本初」の根拠は、当時は特許公報の利用に対して特許庁に著作権料を納める必要がありました。しかも、第三者に提供する場合には、「3倍払い」をしなくてはなりません。特許公報データの利用を管理する台帳が特許庁にあり、提供媒体を記載する欄があったのですが、そこに初めて「インターネット」と記したのが「NRIサイバーパテントデスク」でした。

 新社会システム事業本部では、複数の新規事業プロジェクトが動いていましたが、市場調査や試験運用を経て取捨選択されます。インターネット特許情報サービスのプロジェクトは試験運用で十分な手応えがあったことから、プロジェクトを加速させるため、マーケティング責任者と開発責任者が参画します。ここから本格的なサービス開始に向けて一気に事業が立ち上がり、半年ほどで有料サービスにこぎつけます。その日が1997年6月2日です。事前の案内によってサービス開始日までに数百社の契約申込がありました。

 NRIは、1988年に旧(株)野村総合研究所と野村コンピュータシステム(株)が合併した会社ですが、合併後しばらくの間はコンサルタントとシステムエンジニアが同じプロジェクトに就くことはほとんどありませんでした。そのようななか、コンサルタントとシステムエンジニアが協力して事業を立ち上げたことは当時のNRIとして極めて珍しいことでした。

 このような事業の生い立ちから、本格的にサービスを開始した1997年6月2日から20年が経った2017年6月2日(本コラム掲載日)は、創業に携わった者として感慨深いものがあります。

 20年を振り返ると、開始当初は「おもちゃみたいな画面だ」、「インターネットに大事な検索式を流す者などいない」とひややかな反応もありました。前半の10年は、「特許の専門家のみならず研究者でも簡単に使える」をコンセプトにユーザのすそ野を広げました。また、最新技術(シーズ)を活かし日本初のサービス(公報PDF化や概念検索など)を次々にリリースし、認知度を高めました。1999年に黒字化し、2001年にNRIの出資を受け会社として独立します。

 後半の10年は、リーマンショック後から産業界でコスト削減が加速し、特許庁の無料サイトの強化もあってか、老舗パトリスの解散など同業者が毎年1~2社去っていきました。弊社は業界での認知度も高まってきたので、フルサポートパートナーの標語を掲げ、検索サービス以外にも分析ツールや特許管理システムなどラインナップを揃え事業を拡大します。また、お客様のニーズに応えられるよう関西事業所や中部営業所を開設しました。

 会社の成長ステージに合わせ特許情報サービスは、シーズ発想からニーズ発想に重点は移ってきましたが、もちろんベンチャー精神は忘れず、新しいサービス(タイムスタンプやAI適用など)も絶えないように出してきました。  では、次の10年はどこに向かうのかと考えた時、単なるニーズ対応にとどまらず顧客の課題を的確に捉え最適なソリューションを提供する課題解決思考で行きたいと考えます。そのためにも、弊社で保有する特許などの知財情報を管理システムや分析ツールとの間で、更にはお客様の社内システムとも連係し、経営戦略に資する知財業務の効率化、高度化をお手伝いし、産業界に貢献したいと思います。

 お客様の知財業務の「フルサポートパートナー」としてNRIサイバーパテントを引き続きよろしくお願いします。

おかげさまで20周年

NRIサイバーパテント株式会社 高野誠司