サイバーパテント

コラム

第14回 登録商標の名義変更は1,000円?それとも30,000円?

 弊社では事業で必要な商品・サービス名を、親会社の知財担当者や外部の代理人経由で事前調査の上、商標登録出願している。ここ数年、弊社は事業拡大の過程で、登録商標の移転手続きを行う機会が何度かあった。その際、私自身の感覚や常識に照らして違和感を感ずる経験をしたので、今回のコラムで紹介したい。

同業者から商標権を譲り受けたが・・・

 同業者の一社から事業を終了するとの連絡を受け、関係者と交渉の末、同社が保有する著作権などの資産を譲り受け、保有していた商標権も弊社に移転することになった。

ところが、その会社は旧社名で商標登録した後に現社名に変更したが、登録原簿に社名変更を反映させていなかった。このため、手続きとしては、原簿に記載された譲渡元の旧社名を現社名に変更し、次いで名義人を譲渡先である弊社に変更する必要があった(図1参照)。特許庁は、前者の手続きを「表示変更」、後者の手続きを「移転」と峻別している。

図1.旧A社名から現A社名に表示変更した後、B社に移転する手続き

図1.旧A社名から現A社名に表示変更した後、B社に移転する手続き

図2.旧A社名をB社名に直接表示変更する手続き

図2.旧A社名をB社名に直接表示変更する手続き

第三者が簡単に名義変更できてしまう?

 譲渡元の登録商標に関する「表示変更」は、本来であれば譲渡元が行う手続きであり、弊社が代わりに手続きを行うためには委任状が必要だと思った。場合によっては譲渡元の登記簿謄本が必要になるとも思った。

しかし、特許庁の相談窓口に必要書類を確認したところ、「表示変更」には委任状も登記簿謄本も不要だという。念のため「それでは第三者が手続可能ではないか?」と確認したが、「そうです。そういう手続きです。」と、あっさり言われた。後日、特許庁窓口に書類を持参したが、身分を確認されることもなかった。

そうなると、誰の登録商標であっても第三者が申請書を提出することで簡単に表示変更できることになる。そして、「表示変更」は名義人名称のみならず住所の変更も可能である。したがって、「これで名義変更できてしまうのではないか?」(譲渡に伴う登録原簿の書き換えも「表示変更」のみでよい)と考えることもできる(図2参照)。しかも、「表示変更」の印紙代は1件1,000円と安価だ。

「移転」料は「表示変更」料の30倍!

 一方、「移転」の手続きは、「表示変更」よりも複雑である。移転登録申請書に加え譲渡証書及び単独申請許諾書の提出が必要で、更には両当事者の印鑑も必要となる。そして、印紙代は1件30,000円と高価だ。今回の例では、「表示変更」の後に「移転」を行うので、費用は合計で31,000円にもなる。

前述の様に「移転」をしなくても「表示変更」で登録原簿の名義を変えることはできる。しかも、「表示変更」は変更後の会社の印鑑だけで済むので、権利主体が変わる場合(本来「移転」手続きが必要)であっても特許庁は変更前の会社に関する情報を求めることなく登録してしまう。そして、「表示変更」の印紙代は「移転」の30分の1で済む。

大切なことは

 これほど容易に登録原簿の記載を変更できるのであれば、権利を移転する場合であっても「表示変更」で済ませてしまってはどうか。そんな疑問を商標に詳しい外部の弁理士に確認したところ「確かに、見かけ上の社名を変えることはできる。ただし、何らかの争いが生じれば、相手が歴代権利者の登記簿謄本を取り寄せ、不適切な手続きを見抜き、商標登録自体が無効になるリスクがある。」とのことであった。

結局のところ、権利主体を変更する際には、きちんと商標権を確保するために「移転」手続きをしなくてはならない。別の観点から言えることは、商標権にかかわる争いに巻き込まれた際には、商標登録原簿はもちろん、相手の法人登記簿まで確認することが肝要である。

NRIサイバーパテント株式会社 高野誠司